次回は新年会です!

次回、日時場所変動します。
年末よりかは、新年に集まりたいので、新年の1/1の予定です。
新年会として、食事会もあります。

今週、水曜は、聖書の学びがあります。

栄光在主!

クリスマス会&礼拝

本日は、クリスマス会と礼拝がありました。
聖餐式と食事会をしました。
その後、メッセージでした。幅広い範囲を扱いましたが、クリスマスという事であり、「人となられた神」のへりくだりを特に、覚えたいです。山上の変貌の栄光の姿、その再臨の時と同じ姿・・本来のイエス様を弟子の三人は目撃します。ペテロはその時のことを後に手紙で書いていますね。
神が、人になるのは、とても大きなへりくだりです。しかも、また、山上の変貌から肉体に戻られ、その栄光の輝きが消えました・・。
神のへりくだりは、人のへりくだりとは比べものにならないほどです。
誰かが、自分はへくりだったと言っても、イエス様ほどへりくだることはできません。

教会学校のお話は、クリスマスの話でした。

楽しい時を主に感謝いたします!
メリークリスマス

信心や力ではなく、信心すら神による

ブログは、今年はこちらのを使用する予定ですが、来年からはお引越しするかもしれません。ちょっと考え中です。
今は、スタッフを育てたいので、少なくとも1年は集中して、教えていきたいためです。
長年、クリスチャンであっても、意外と聖書の事がわかってないクリスチャンは多かったりします。
聖書の言葉の意味を、違う風に解釈していたり、そう教わってきたりしている人たちもいます。
そうではなく、聖書全体を通して、または、その聖句の一連の流れ、話の流れで、どういう意味でイエス様が語っておられるのか?、きとんと理解して、自分の信仰にも、また他の人たちにも、正しく聖書を教えられるようになって欲しいと願っています。
でないと、なにか自分には力がある、という変な思想が入っていて、自己崇拝クリスチャンになってしまいます。
私は、聖霊派でずっと信仰を持って育ってきたので、聖霊派では、そういう勘違いをしている人たちが多い傾向です。
でも、それは間違っています。
私達人間に、力は無いし、気孔かなにかのパワーのように勘違いして、手をかざしたりとかするのは違います。
特定の人だけに力がある、という事もありません。人間には、そういう力はありません。修行僧のようになにか苦行や努力をして、その人が、これだけの力を手に入れた!という事はないです。断食でパワーを得れるという思想は、聖書にはありません。断食は、見えない神様に認めてもらうには、誰にも気づかれないようにしないといけません。基本、悔い改めや悲しんで祈る時にします。パワーを得るためではないです。オカルトの人たちは、自分の体を痛めつけることで、パワーを得るようですが・・・。
聖書では、ただ、神様だけが力があります。御霊が風のように自由に働かれるだけです。
信仰自体、自分で持ったような、自分で持つかのように思えるかもしれませんが、それすらも神様から与えられたギフトです。
ペテロが信仰告白をした時、イエス様は、それは幸いなことだと言われました、それは自分で信じたからではなく、父なる神がそうさせてくださったからです。そして、その信仰告白の上に、教会が建ちました。

使徒3:12
ペテロは これを見て、人々にむかって 言った、
「イスラエルの人たちよ、なぜ この事を 不思議に思うのか。また、わたしたちが 自分の力や信心で、あの人を歩かせたかのように、なぜ わたしたちを見つめているのか。

ガラテヤ
6:3 もし、ある人が、事実でないのに、自分が何か偉い者であるように思っているとすれば、その人は自分を欺いている。
6:4 一人一人、自分の行いを検討してみるが良い。そうすれば、自分だけには誇る事ができても、他の人には誇れなくなるだろう。

マタイ16:17
すると、イエスは 彼にむかって言われた、
「バルヨナ・シモン、あなたは さいわいである。あなたに この事をあらわしたのは、血肉ではなく、天にいます わたしの父である。

次回

クリスマス会と礼拝の予定です。
ケーキも出ます。食事も用意する予定です。
お寿司も出るかも知れません。当日、ゲットできればですが・・。

メッセージは、栄光の主の予定です。

主の御前で、楽しみましょう~!

日時予定は前に記載したものから変更していますので、お問い合わせください。
参加申請のある方々には、メールで連絡済みです。
ではでは、川崎で!

栄光在主!

神学校?!

高卒後に本当は、神学校に行こうと思い、両親の許可を取っていたことがあります。
しかし、牧師に言うと、「若い」と言われ、断られてしまいました。まぁ、確かに18歳で10代だったから・・。10代で、神学生はいなかったのでしょう。未成年だし、せいぜい20歳からかな。
あと、同じ教団の他の牧師にその事を話すと、「ルールがあって、1教会で神学生を出せる制限人数がある。他に行ってる人がいるんじゃない?」と言ってました。確かに、そうでした。先輩たちがおりましたからね。
その後、その教会に問題が起き、牧師が「神だ」と宣言したので、当然、そこを出ました。撤回するだろうか?と思っていたけれど、しませんでした。その神学校に行く事が、神様の御心ではなかったのでしょう。神学生に聞いた事がありますが、「いじめがあるよ」と言っていて、意外と闇が深いな・・と思いました。

その後、神様はいろんなことを体験させて、見せてくださり、いろいろ思うことがありました。
今は、開拓に踏み切っていますが、なんとなく、神学校に導かれている気配がします。確かに、しっかりした後ろ盾があったほうが良いのかもしれない・・。ここ、と思う所があるので、ただ、あとはタイミングですね。
来年は願書がもう締め切りだったようなので、その次・・といっても、スケジュールがどうかな?ですが・・。
主の導きに委ね、最善のタイミングで、と思っております。

栄光在主!
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バイブル研 エレモス会

Author:バイブル研 エレモス会
さらに深く、純粋に聖書の神様の言葉を学びましょう!
1コリ15:3 私が最も大事な事としてあなたがたに伝えたのは、私自身も受けた事であった。すなわち、キリストが、聖書に書いてあるとおり、私たちの罪のために死んだ事、
15:4 そして、葬られた事、聖書に書いてあるとおり、三日目に甦った事、
15:5 ケパに現れ、次に、十二人に現れた事である。

ローマ1:17 神の義は、その福音の中に啓示され、信仰に始まり、信仰に至らせる。これは、「信仰による義人は生きる」と書いてあるとおりである。

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